

近年の技術革新は驚くべきスピードで進んでおり、特に先端技術・デジタルの分野を中心に、日本ではいざなぎ景気をも上回る勢いで成長しています。その一方で中小企業の総数が驚くほどの勢いで減っています。また、昔から名の通った大企業でも、業績悪化に喘いだ末に、他社に買収されるようなことが頻繁に起こっています。理由は多々考えられますが、技術的な進歩に対する遅れや、顧客の嗜好とのずれなどが大きな理由と思われます。
当社ではフォトグラフィー・オーディオ・ビデオ・ウェブのマルチメディアの分野でこのようなギャップを埋めること、更には他社とどんどん差をつけていく為のお手伝いをさせていただいております。
レゾナンスの香港に存在する意義ですが、出島のような役割を果たしてきた香港は、地理的にも成長の著しい華南にあり、優秀な人材が多く、利点が多々見受けられます。これから期待がかかる中国市場において、日系の企業の足がかりとなるこの重要な土地で、私共はその活動の応援を、マルチメディアという分野でしていきたいと思っております。

レゾナンス有限公司は飯島龍一郎(日本)とサイモン・エバリット(ニュージーランド)によって創立された香港を拠点とした企業です。両名ともそれぞれの出身国に長期在住の経験があり、言語はもちろんのこと、それぞれの国の文化や嗜好を深く理解しております。東西の文化の優れた点を融合すべく、レゾナンスは設立されました。

東京生まれの東京育ち。18歳のときに家族と一緒に香港に移住。その後トライアスロンで香港代表となりアジア選手権や世界選手権に出場。94年にはアジア選手権においてジュニア6位。96年にニュージーランドに渡り、パーソナルトレーナーになるコースを終了後、マネージメントに興味を持ち、リンカーン大学のレクリエーション学科に進む。在学中はパーソナルトレーナーとして働き、卒業後はクライストチャーチ市のヘリテージ・ヘルス・クラブとオリンパス・ヘルス・アンド・フィットネス・センターで、オペレーションズ・マネジャーとして運営に関することなどのシステムを作り、マニュアル化を総括する (www.health-fitness.co.nz) 。その後04年には日本に短期帰国し、近栄工業株式会社の不動産処理をアシストする。その後、香港に移りレゾナンスを設立。
私生活では音楽活動にも勤しみ、DJとして10年近くオセアニアとアジアを中心に活動している。他人の音楽をプレイすることのみに甘んじることなく、オリジナル製作にも積極的で、過去にニュージーランドのレーベル、ピナコラーダ・レコード ( www.pinacolada.co.nz ) からレコードをリリースの経験もある。

イギリス人の父と、ニュージーランド人の母の下に生まれる。幼少の頃からコンピューターに勤しみ、 20 年以上の経験がある。 16 歳の時に大阪に交換留学生として来日。日本語をマスターする。語学力を買われ、日本の IT 企業数社でシステム・エンジニアを歴任。その後 04 年にインドを拠点とするインドメディカ ( www.indmedica.com ) の取締役に就任。インドメディカはインドで屈指の医療系専門家のための情報サイトである。
芸術面でも頭角を現すのが早く、ニュージーランドで音楽・演劇・ミュージカルなどで活躍。音楽では表彰される経験もある。 00 年に日本に移った後も、演劇やコメディーの形で活動を続け、日本のテレビ番組やコマーシャルに多々出演する。
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